徒然

望ましい方向に目を向けよう!

もしもあなたが。

問題点を観て解決策に目を転じることができるのなら。
不満なことから望むことへ思考を転換できるのなら。

それはとても素晴らしいこと。

それができずに、不安や不満に囚われてしまっているのなら。
問題点や不満なことには目を向けず、望ましいことに目を向けませんか?



復興への礎

私たちのお店には幼少のころに戦争を体験された方もいらっしゃいます。

普段の会話で時折戦争体験を聞かせていただくこともあるのですが、今日本がこのような状況にある時には思い出した話があります。

その方は80歳近くの女性の方なのですが、東京空襲が激しくなってきた頃に、その方のお父様が「小さな子供だけを生き残らせるのは偲びない。死ぬならば家族みんなで死のう!」とおっしゃって、児童疎開をさせず家族みんなで東京で暮らしたのだそうです。
だから空襲の度に、その女性はまだ幼い弟さんをおぶって逃げ回ったそうです。

その時に記憶している話として、空襲が止み、方々で家屋が煙があがっているような状況で、ご近所の(当時の)お母さんたちが空を見上げならがおっしゃったのが、
「でもまたきっといいことがあるよ」

それを子供心に覚えている、とおっしゃられたのです。


戦後の日本の復興の理由として、朝鮮特需だ占領措置だといろんな理由が語られます。
しかし、いくら援助をしても民意に向上心がなければ、先進国化できるものではないように思います。

この、「きっとまたいいことがあるよ」という前向きな心。
これこそが、以前と同じような、またそれ以上の復興を遂げる礎なのではないでしょうか?

今こそ、戦争を体験され、その後の復興を果たすに役割を果たされた方から学び、実践する時ではないか?
そう思い、この記事を書きました。

mixiのリンクblogを切り替えます

主にマイミクさんへの告知となりますが。

今現在、私のmixiでのリンクblogはこのblogなのですが、それをお店関係のblogに切り替えます。

今までは「お店の宣伝ぽいのばっかりがmixiにあがってもなぁ・・・」と思っていたのですが、お店のイベントなど発信したい情報の内容が充実してきたのではないかな?との思いもあって、この機に切り替えさせていただきます。

こちらのblogも今までどおり、いろいろと書き込んでいきます。

以上、ご連絡まで♪

整理整頓

もう随分前ですが、今会社の机や引き出しの整理整頓を指南するエキスパートが居て、ビジネスとして成り立っているそうですね。

そのこと自体は「なんだかなぁ~」でしたが、そのエキスパートの方の説明には得るものがありました。
曰く。
整理とは、要・不要を分け、不要なものを処分すること。
整頓とは、要るものを使いやすく収納すること。

実はここ最近、時間がある時に、自分が持っているCDの整理整頓を行っています。
自他(他とはヨメさんですけど)ともに認めるその多さ。
「全部要るもの!」と思って整理整頓なんて考えていなかったんですが、やぁ~、意外にあるものです。もはや自分は聴かなくなったCDが。

独身時代は会社勤めだったこともあって、あんまり気にせずにバンバン買ってましたねぇ・・・。
そんな買い方は結婚を機にだんだん修まってきましたが、今は手放すことにも着手し始めた、というわけです。

今聴くとそこまで良いと感じないものが随分とあることに気付いたから、というのがきっかけ。

でも整理することで、「おぉ~!こんな良いアルバムを持ってたんだぁ」と再発見することもしばしば。
数が多いと行き届かないことが出てくるのはどんな些細なことにも通ずるんですね。

整理整頓は大事な習慣として実感しました。
しっかりと実践していきたい習慣です。

8月6日 8:15 8月9日 11:02

8月6日 8:15
8月9日 11:02

それぞれ広島、長崎に原爆が投下された日時です。

なぜ覚えているか、というと。
私は長崎県で生まれ高校2年末まで過ごし、それから高校3年の時に広島に家族ごと引っ越しました。
長崎でも広島でも、上の2つの時刻に、終戦記念日の正午に鳴らされるのと同じサイレンが鳴り響くのです。

小学校の頃は8月20日ともうひとつ8月9日が夏休みの登校日でした。
8月9日の登校日では、原爆で被災された方の生々しい写真や「はだしのゲン」の映画などを見せられました。
その所為か、ホラー映画を観ると小学校の時の記憶が蘇り、だからホラー映画は観たくないものとなっています。

けれども。
大学生時代に過ごした大阪、就職してから住んだ神奈川、東京。
いずれも上の2つの時刻にサイレンを聞きませんでした。
だからTVを付けてニュースを見て、「あぁ~、今日だったんだ」と思うことが増えました。

他の県ではどうなのでしょう?
原爆投下の時刻を知らせるものではなくても、例えば7月4日の高松大空襲の日、高松では7月4日にサイレンはなっているのでしょうか?

先日観たミュージカルでは、第2次世界大戦を匂わせる演出が盛り込まれていました。原作にはないモチーフです。
正直、唐突な感じがするのは否めません。
でもそれだからこそいいのかもな、とも思いました。
「なんで戦争を入れたがるんだろうね?」という疑問の会話であっても、「戦争」について意識が向けられる、ただそれだけでも意味があるのでは?と思うからです。

「戦争」は、今では平安時代や戦国時代と同じくらいの感覚で「歴史上の遠い過去の出来事」となってしまったのではないか?と思うのです。
日本では遠い過去の出来事でも、日本よりも遠い国では現在進行形の出来事だったりします。

数ヶ月前には沖縄の基地問題が話題となりました。
それも結局は選挙の議席数に連動したものになってしまったように感じて残念です。

二度と日本が起こさないように、また日本が巻き込まれないように。
パワーバランスによる抑止の他にも、日頃からの外交など非戦の行動にも重きが置かれるべきではないだろうか?とも思います。

世代を超えて覚えておくべきこと。
それは伝える活動、努力が必要です。
できることをやってみましょう。
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