TV番組

「なりゆき」を生きる

僧侶であり、芥川賞作家でもある玄侑宗久さん。
その玄侑宗久さんの半生を振り返りながら、玄侑宗久さんの人生哲学が紹介されたドキュメント番組、「「なりゆき」を生きる」。

放映自体は前だったんですが、録画しておいたものを9日の水曜日に観ていました。奇しくもその後地震の余波を受けているのですが、観ておいて良かったと今にして思います。

玄侑宗久さんがおっしゃるのは「なりゆき」生きる。
「なりゆき」生きる のでもなく、「なりゆき」のままに生きる のでもなく、「なりゆき」生きる。

意味するところは、「人生、先が読めないことが多い中、「なりゆき」を見据え、状況に応じて決然と意志をつらぬく」。
例えておっしゃっていたのが、川の流れのような制御できない流れが人生にはあり、人は底に棹さして舟を漕いでいるようなものとすれば、流れに逆らわず、しっかりと舟を漕いでいれば、その波さえも変わることもあるのではないか?ということでした。

強烈に自分の意思を貫き通して生きるのは、「思わぬ幸せ」に出会うことができないのではなかろうか?
人生とは「どうなるやもわからない」ところに向かって進んでいくようなものなのだから、身を委ねつつしっかりと意識的に生きれば良いのではないだろうか?

なかなかそう思えない状況に見舞われることもあるかと思いますが、福島県のお寺にお務めの玄侑宗久さんの教えが心の救いになりますように。

美術のゲノム

いとう せいこうさんのナヴィゲートとデジタル復元師小林 泰三さんのデジタル復元による日本美術にせまる番組「美術のゲノム」。

毎回放映が待ち遠しい、お気に入りの番組です。

今回は、「日月山水図屏風」の復元に挑まれました。
ゲストは、この屏風図を大層気に入られていた白州 正子さんのお孫さんの白州 信哉さん。

デジタル復元によって甦った出来上がった当初の色彩は、「侘び寂び」とは対極に位置するような光を放つ作品。
ゲストの白州さんが思わず、「厳しい修行をした僧が描いたなんて思えないですね」と口にするほど。

そして恒例の、デジタル復元品だからこそできる、遊び心のある配置による鑑賞。
それによって、一風変わった配置の四季の流れがひとつの正しい流れとなった。
それは右隻を左隻の前に配し、右隻の向かって右手から左へ、そして背後の左隻の左から右へと視点を移していく流れ。

そうすることで、春から冬への四季の移ろいが正される。
さらには前面の太陽が描かれた右隻は昼の光量を得、月の描かれた左隻は夜の風景を醸しだす。

もちろん、ひとつの解釈にしか過ぎないのですが、今回もなかなか説得力のある解釈でした。

白州さんが番組の最後でおっしゃったように、「侘び寂びは経年変化によって到着するもの」のようで、今観ている色で当時の心情を量るのは思い違いをしかねない危険性をはらんでいるように思います。

そして白州さんが番組冒頭でおっしゃっていたこと。
それはその土地に行くことの大切さ。
展覧会に置かれただけでは分からないナニカが必ずあるのは間違い無さそうです。

今の時代は、知った気になることが容易な時代。
でも実際の本物は全く違うものなのだ、と。

今回も本当に楽しい番組でした。

イタリア 貴族たちの物語

イタリアの4家の貴族の末裔たちの今をリレー形式でまとめたドキュメント番組「イタリア 貴族たちの物語」。

今の世の中、貴族であることによる特権はなく、末裔もそれぞれに仕事をし生計を立てている。けれども受け継がれた気品、そしてそれぞれの家に語り継がれる家訓がしっかりと息づいている。
そして、今でも芸術、食文化を庇護することに務めている家もある。

特に感銘を受けたのは、芸術によって当時片田舎並みに失墜していたローマ・バチカンを復興させたクレメンス12世を排出したコルシーニ家の現在の当主夫人、ジョルジャーナ・コルシーニさんの番組内での言葉。

「職人がいなくなったら、かけがえのない文化の一部を失ってしまいます。
 修復ができず保存もできない。そして新しいものも生まれてこないのです。
 遺されたものに満足しているだけではなく、新しいものを作り続けないといけません。
 職人や芸術家たちがいるから新しいものが生み出されるのです。」

伝統は護るだけではなく、次の世代に伝統として護ってもらえるようなものを生み出すことも大事なのだ!と。

「人の役に立つ文化を伝えていく」義務を果たし続ける貴族の末裔。
なぜ、彼らが今でも絶えることなく続いているのか、その理由がそこにあるように思います。

名画がよみがえる村で

今年のNHK BSは「イタリア」を特集しているのですが、嬉しいことに過去に放送した特集番組も放映してくれています。

この「名画がよみがえる村で」もそのひとつ。
放映されたのは2005年。

取り上げられている人物は絵画修復師 ニコラ・グイド。

彼のことは書籍「イタリア人の働き方」で知り、その修復師に至る過程も含めてすごく好感を持っていた人でした。
その本人が、工房や近隣の人々、そして本にも出ていた趣味のトリュフ狩りのもようまで、余すところ無く紹介されていました。

トリュフ狩りの時に愛嬌ある顔が、修復作業モードになると一転、仕事師の顔になる。
また彼の子供たちもそれぞれの才能を発揮しながら、修復業に携わっている。
ニコラさんの後も連綿と続いていくことが見て取れました。

きっと日本にもそのような職業を生業にしている人もいるのだと思います。
そのような活動をしている人を取り上げている書籍を私が知らないだけなのでしょうか?

コズミック フロント 「ガリレオから始まる驚異の宇宙」

NHKの特番「コズミック フロント 「ガリレオから始まる驚異の宇宙」。

宇宙に興味のある私にとって実に楽しく、そして興味深い番組でした。

もっとも感銘を受けたのは、番組の中で「ガリレオが為した一番の功績」を聞かれた方が答えが、「ものを自由に考え、自由に表現できることを示したこと」だというものでした。
カソリックの本山から離れ、自治精神に富んだパドヴァ。
パドヴァ大学からは地動説を唱えたコペルニクスが出ており、ガリレオも長きに渡り教鞭を取った。
彼は授業では天動説を教えている記録も残っている。
しかし、当時は地動説派の気運も熟していたという。
ただ、天動説派の異議に答える証拠がなかった。
その答えに充分な証拠を発見し、地動説の正しさを立証するために、地道な観測をひたすら続けたのがガリレオだったのである。

「ものを自由に考え、自由に表現できること」は何も科学者だけに当てはまるのではなく、いかなる分野にも当てはまる。と番組内の学者が答えていました。
しかしただ空論を無責任に言うのとは違うことは明白です。
考えを表現するには、それを立証するに充分な裏付けをしっかりと持つことが必要で、その裏付けをしっかりと持つことができた者だけが、評価されることになるのだと思います。

思わぬ哲学的知見に出会った番組。
イタリアは本当に哲学的思考がどんな人にも染み付いている国だと、改めて感じました。

最近の宇宙物理の話題も含めて、充分に楽しめた番組でした。
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